2008年05月29日

日本語

前々回からインターネットネタが続いているので、その関連でもう1つ。
メールやブログ、そして『教えて!goo』や『Yahoo!知恵袋』なんかで、変な日本語の書き方をたびたび見かける。以前はあまり見なかったような気がするけど、前からあったのだろうか。
たとえば……

【例-1】
数字やアルファベットを全角で書いている文章。

2008年5月29日 THU――これは全角。
2008年5月29日 THU――これは半角。

これは別に変というわけではないけど、私はなんだか半角で書かないと落ち着かないというか、気持ち悪くなってしまう。でも私も、友人にあてたメールなんかでは全角のまま済ませてしまうくらいのものなので、自分が受け取ってもそれほどキー! とはなりませんから、まあOK。

【例-2】
夢占いとは 夢の内容に 見えない世界や 無意識領域からの 意味のある メッセージが 隠されている ということを 前提に――
【文章はWikipediaからの引用】

このように、読点が入るところをなぜかスペースで代用している文章。そういう文に限ってやたらと細切れなのが特徴。
英文を意識しているのだろうか? それとも単に読点を知らないのだろうか? もしかすると暗号が隠されているとか(モールス信号など)……?

【例-3】
「私わ・こんにちわ・こんばんわ」など、「は」を「わ」としている文章。もちろん「私は・こんにちは・こんばんは」が正しい。
「こんにちわ」と「こんばんわ」は、うっかり間違ってしまうことがあるかもしれないけど、さすがに「私わ」はないだろう、と――机わ、この建物わ、我々わ……

少し前に見たウェブページには、一人称をすべて「私ゎ」と書いているものがあった。わざわざ「わ」を小さくしている。もしかすると彼/彼女にとっては重要なアイデンティティーなのかもしれないけど、それにしてもね。

私だって特に文章力があるわけではないので、このような文章を発見しても指摘したりしないし、特になんとも思わない。それにプライベートなメールや個人的なブログなんかでは、多少くだけた書き方をしてもまったく問題ないと思う。

漫画『行け! 稲中卓球部』の話に、電車の中でタバコを吸っている中学生(男前)に対し、前野(主人公)が食ってかかるシーンがある。正確な言葉は覚えていないけど、たしか「電車内でタバコを吸うのは構わないけど、お前が視野に入るたびに『はいはい、すごいね』と心の中でツッコミを入れなきゃいけないだろうが! 風景としてうっとうしいんだよ!」みたいなセリフだった。これと同じ。
別に構わないんだけど、読んでいる側からすれば視覚的にわずらわしいのである。

文章で何かを伝えようとするならば、読み手に不必要な摩擦を加えるべきではない。だから前に述べたような書き方は、何も伝えたくないときに限って使えばそれでいいと思う。
それに世間には、文の書き方1つで人格までも否定する人もいる。現代は裸の王様を笑わない。そのかわり物陰で冷笑する。仕事でのやりとりやインターネットの世界ではとても顕著だ。
長々と書いてしまったけど、要するに普通に文章を書けばそれでいいと思う。微分・積分は役に立たないかもしれないけど、普通の文章を書く能力は、学校生活で得られる数少ない能力の1つだ。
posted by タチバナ at 15:30| Comment(0) | 雑記

2008年05月27日

GoLiveが販売終了していた

Adobe社「GoLive9」が販売終了になっていた。
メーカーの発表はこのページ

なにを隠そう、私はGoLiveを使っている。Dreamweaverも持っているけど、はじめて使ったホームページ作成ソフトがGoLiveだったので、それ以来よく手になじんでいた。

GoLiveの優れた機能の1つに「レイアウト・グリッド機能」というものがある。詳しい説明は省くけど、この機能はそんなに複雑ではない(そしてあまり重要ではない、または気合を入れなくてよい)ページをサクッと作ることができる。画像、文章、その他のレイアウトがマウスだけで自由に配置できるというものだ。

工夫すればかなり凝ったページを作ることも可能。頭の中にあるイメージを素早く形にしたいときや、ある程度の出来栄えが必要なサイトを短期間で構築したいときにはかなり重宝する。

ホームページを作成した経験のある人なら、一度は「思い通りに配置できない」ことで苦労したことがあるはず。CSSにしたってテーブルにしたって、些細なことでレイアウト崩れが起きてしまうし、慣れるまではあっちを直せばこっちが崩れる、その繰り返し。
それを解決してくれるGoLiveは、なかなかの優れものだったと思う。

まあ、レイアウトグリッドにも欠点はいくつもあるし、Dreamweaverにも似たような機能をつけることはできるはずなので(すでについていたりして。ホームページビルダーには似たような機能があると聞いたことがあるけど、使い勝手はあまりよくないようだ)特に問題はないですけど。

それにしても、販売終了することないのに。
700ページ近くもあるGoLive CS2パーフェクトマスターをすでに買ってしまっている私はどうすればいいのだろう? せめてサポートは続けてほしいのだけど、どうなるんでしょうね。
posted by タチバナ at 16:23| Comment(0) | 雑記

2008年05月26日

Another HTMLとW3C CSS検証サービスで100点をとってみた

たとえ「点数はあくまで基準でしかありません」と言われても、やはり具体的な点数が出るものでは高得点を取りたいと思うのが人情というもの。

というわけで、トップページのアクセシビリティも考えて、HTML構文とCSSを両方とも100点にしてみました(CSSは点数ではありませんが)。それ以外のページも少しずつ改善中。
以前チェックしたときにはマイナス何十点とかだったので、ほとんど意地で100点に。
ちなみにXML 1.0 Strictで。

このページが100点。
ドリームキャプチャーのトップページ

実のところ100点だろうが何点だろうが、特にこれといったメリットはないんですが。読み込みがはやくなるとか、そういう細かいところですね。作り手の側から言えば、更新・変更が楽になるのでいいことが多いですけど。
それに正しいに越したことはないですし。
最近はフラッシュを使った動的なページが多い(特に企業のサイトなど)ですけど、あれはどうにかならないものか。誰もあんなものは望んでいないと思うんですけど。それに重い。

プロの人には参考にならないとおもいますが、一般の――つまりホームページをこれから作りたいと思っている人など――には、わりと参考になるんじゃないかな? と思います。
テーブルを使わずCSSだけでサイトを作りたい人、など。
テンプレートをダウンロードできるようにしたらおもしろいかも。



【外部リンク】
Another HTML-lint gateway

w3c css 検証サービス
posted by タチバナ at 15:23| Comment(0) | お知らせ

2008年05月21日

時間とベンジャミン・フランクリン法

最近テレビをほとんど見なくなった。以前はテレビを見て、そのそれ以外の時間に読書なり趣味にあてる時間を作るというパターンだったけど、今では逆。テレビの優先順位がかなり下がってしまった。
もちろんこれはよい傾向だと思っています。
「時は金なり(Time is money)」と言ったのはアメリカの政治家ベンジャミン・フランクリン。時間イコールお金かどうかまでは分からないですけど、少なくとも時間にはほかに変えがたい価値があるのは事実ですからね。

テレビは本当に時間を食い尽くすシロアリ的な害虫みたいなもので、放っておいたらいくらでも蝕まれ、スカスカになってしまう。ただ、テレビは自分の意思で見ないようにする努力することができる。ありがたいことに。
実際、テレビなんて見なくても生活に全く支障はないし、むしろ右から左へ通り抜けるだけの情報が減っただけ、頭の中がすっきりするように思います。テレビ業界の人には悪いですけど。

時間をとられることって結構多い。会社員ならちょっと飲みに行くとか週末のゴルフとか、未だにこんなステレオタイプな断りきれない付き合いがあるみたいですし。たいしたメリットや生産性もなく、ただ損なわれる。
以前読んだ本にベンジャミン・フランクリン法というものが書いてあった。「選択を迫られたとき、メリットとデメリットを書き出して、多いほうを選択する」というとてもシンプルな手法。
これを読んだとき、「おお! なるほど」と思いましたよ。
ここまで単純に割り切ることはないけれど、ある基準に則って優先すべきものとそうでないものを割り振る作業はかならず必要になってくる。ある場合には、それは工場内での単純な仕分け作業みたいに薄暗く見えるかもしれない。

時間は有限で、その中でできることもまたしかり。ならば物事に優先順位をもうけるのは仕方のないことだし、後回しにするべき人間関係が生まれるのは必然だ。
もっとシンプルな言い方をするならばつまり、どうでもいい人と付き合っている暇はない、ということ。雑事に流されるのにも限度がある。
私にとって特に必要ではない人でも、家に帰れば家族がいるのだし、この世界のどこかでは存在しなくてはならない人のはずだから、別に気を使うことはないでしょう。誰とでも親しくすることだけが、自らの世界や可能性を広げる手段ではないのはお互い様。
これは逆説的に、そばにいる人がどれほど大切か、ということを私に教えてくれたりもするのだけれど。

2008年05月20日

なつかしい?

なつかしいCM。

【ねるねるねるねのCM】


計算されているのか、されていないのかよく分からない。それでいて毎秒ごとに印象的なのはなぜだろう。
ああ、なつかしや。

もうひとつ。
これはなつかしいというべきなのかよく分かりませんが、なんだかいいと思ってしまったので。

【円 広志の越冬つばめ】


円 広志さんはテレビでよく一発屋だとか言われますけど、でも『夢想花』と、この『越冬つばめ』だけですでに価値ある存在だと思うんですが。芸能界ではそんなふうに考えないのだろうか。まあ、いいけど。
posted by タチバナ at 01:13| Comment(0) | 雑記

2008年05月14日

タイムスリップつながりで

前回『タイムスリップ・コンビナート』という本を紹介しましたので、タイムスリップつながりでもう1つ。

【ガーネット:奥華子】


映画『時をかける少女』のテーマソング。「時をかける」なのでタイムスリップつながり、と、そういうこと。
歌っている奥華子さんのことはこの歌しか知りませんし、実は『時をかける少女』も一度も見たことはありません。
原作を読んだことも、実写版を見たこともない……。
でも「これはいい映画にちがいない」という希望的な先入観をなぜか持っています。
たぶんこの劇場予告を見たから。

【時をかける少女:劇場予告】


この映画は筒井康隆さんの原作とは違う話――たしか20年後くらいの設定だったはず――らしいんですけど。
自分もこんな高校時代をおくることができていたらなぁ、という気持ちのよい嫉妬を抱いてしまうような、そんな映画(だったらいいな)。

歌と映像と先入観で、私の中では最高に美化されていますね、この映画。いつか絶対見ようと思っているんですが、なかなかチャンスがなくて……。ゴールデンウィークに見ておけばよかった。

それにしても、大阪は今日カミナリが鳴っています。夜になってから急に雨脚も強くなったし。
暗闇と雨とカミナリと。こんな夜には世界のどこかでタイムスリップみたいな、時空をめぐる冒険がおきているのかなぁ、なんて想像してみるのもおもしろかったりします。
posted by タチバナ at 00:44| Comment(0) | 趣味・趣向

2008年05月09日

タイムスリップ・コンビナート

笙野頼子さんの『タイムスリップ・コンビナート』を読みました。第111回芥川賞を受賞したこの小説。いや、なかなかぶっとんだ本でしたね。
なんと言ったらいいのやら、どのように解釈すればいいのやら。しかしながら確実に心の真ん中のあたりの芯に残る作品でした。
表題作のほかに『下落合の向こう』と『シビレル夢ノ水』という短編(中篇?)が併録されています。

『シビレル夢ノ水』の終わりのほうに夢日記を書く場面があります。芥川賞――だけでなく野間文芸新人賞や群像新人賞もとっていますけど――作家の書く夢日記はやっぱりレベルが高くて、私にはなかなか参考にできる部分はありませんでしたけど。
かなり好みの別れる作家ではないかな? と思いますけど、一冊全部が夢の中を表現しているような、そんな本なので夢に興味のある人はぜひとも一読してほしいですね。

posted by タチバナ at 20:13| Comment(0) | 本の紹介

2008年05月04日

いつ・どこで・誰と・なんとか

ここ数日、<さくらのブログ>が壊れてましたね。インターネットのサービスで、日をまたいでも復旧しなかったのは私としては初体験。やっぱりこんなこともあるんですね。
ま、サイトのほうじゃなかったから別にいいですけど。

ゴールデンウィークだけでなく連休というのは、休みを通じて何をするか――いつ、どこで、誰と、何をするか――が試されるとき。あえて意識しないことだし、別問題として捉えがちだけど、連休とはとりもなおさず人との関係だと思う。いつ、どこで、誰と、何をするか。

実のところ、これは連休に限ったことではない。私はビールと冷奴という組み合わせが好きなんだけど、それでも「連休中に、鴨川納涼床で、井上公造と、ビールを飲む」のはご遠慮したい(もちろんこれは『誰と』の部分がアウト)。
物事を整理して考えるときにも、これは案外使える。
たとえば「食事中に、家で、家族と、ケンカする」を検討してみる。
あまり楽しい場面ではないですね。誰だってケンカはしたくないはず。でも家で家族とケンカするのは避けられないことで、長い間一緒に住んでいればケンカくらいするのは当たり前。だからこのシチュエーションは「食事中に」ってところがダメ。
このことから、<家族とのケンカは食事中は避けるべし>という教訓が得られるわけだ。まあ、頭に血がのぼったときはなかなか冷静に考えられないわけだけれど、それは努力するということで。

腹をわって話したり、人の悪いところを指摘したり、聞きにくいことをあえて聞いてみたりすることは必要なことだと思う。ただ、いくら親しい関係でも前に述べた「いつ、どこで、誰と、何をする」をよく考えてからにするべきだ。
デリカシーのない人というのは、そういうことを考えないのだろう。たとえば部下を叱るにしたって、みんなの前で、大声でガツンとやってはいけない。二人になったときに言えばいいだけのこと。上司として「ダメなものはちゃんと言う、注意する」ことだけに頭の容量が使われてしまって、「いつ、どこで」の部分までまわらない。
こういうことはほんの少し注意深くなれば防げることがほとんどで、だからこそ人からの評判がこんなことで決定されたりしてしまうから。

なんにせよ、みんな楽しく過ごしたい。それだけ。
連休はちょっと頭のねじがゆるんでしまいがちになる私としては、こういったことを頭のすみにおいて、しめる部分はしっかりしめて休みを過ごそう、と思うのでした。
posted by タチバナ at 13:14| Comment(0) | 日記