2009年10月17日

やっぱりね

『バカ姉弟』がテレビアニメ化されて、『ご姉弟物語』として放送が始まっているのだが……
「やはりやってしまったか」というのが正直な感想だ。たぶんこういう感じで失敗するんじゃないかな、という失敗の仕方だったので、まあ予想通りではあるのだが、それにしてもねぇ。

 そもそも『バカ姉弟』はアニメ化できるようなものではないと思う。なぜなら、〈ストーリーがない〉ことが大きな魅力だからだ。雰囲気、世界観、風景、空気、といったものが魅力なわけで、それらの要素は最近のアニメ業界では表現しにくいものだろう。
 できたとしても、まず深夜枠なんかで、実験的な方法を使いながら手探りで作っていくしかないような、そういう類のものだ。
 たとえばゴルゴ13のストップモーション・アニメみたいな感じ(そういえば、主人公があまりしゃべらない、とか、独特の空気感だとか、ゴルゴとバカ姉弟にはいろいろ共通項があるな)。
 ほかにアニメ化に向いている素材なんていくらでもあるだろうに、なぜわざわざ『バカ姉弟』を選んだのだろう。『あたしンち』に近い素材を求めていたのだろうが、「日常のあるある」を題材にした漫画なんてほかにいくらでもある。五巻しか書籍化されていないので、それほどストックがあるわけでもなく、連載も休みがちな『バカ姉弟』をなぜ対象にしたのか。大人の事情だろうか?

 しかし放送は始まってしまったわけで、もうメディアに喰われてしまった事実は変わらない。
 ただ、そのへんは製作スタッフも感じているのではないか、と思う。第一話の内容は、テレビ関係者(ドキュメンタリーを撮っているらしい)が、姉弟を撮影しようと追い掛け回して、結局逃げられてしまう、というものだった。
 第一話にこの話を持ってきたというのは、いかにも暗示的だ。アニメの中の大人達と自分達を重ね合わせた、罪悪感の比喩となっているのかもしれない。
 なっていないのかもしれないけど。
posted by タチバナ at 14:35| Comment(0) | 雑記

2009年10月13日

脱出ゲーム

 58WORKSという、脱出ゲームを公開しているサイト。
 個々のゲームはシンプルで綺麗。難易度がちょうどいいので、脱出ゲームなのに脱出できないイライラを感じることもない。

 58WORKS

 2Dっぽいやつとか、紙粘土で作ったやつとか、最近いろいろ新しいパターンのものにも挑戦してるみたい。ブログには、つぎは3Dの部屋になると書かれていましたが、どうなるのやら。
posted by タチバナ at 00:04| Comment(0) | 趣味・趣向

2009年10月03日

人形

 好きなんだけどなかなか踏み切れない趣味の代表が、フィギュアや人形の類。はまったら抜け出せなくなりそうだし、自分の性格を分析すると怪しい方向へ行ってしまいそうな気がしなくもない、というのがその理由。あまり手先が器用ではないので、自分で作って楽しむことができない、というのが最も大きな要因かもしれないが。
 こんなページを発見。

怪獣造型 高垣利信 information

 写真の撮り方もなんだか悶々とした雰囲気があるのは、造型自体が持つパワーによるものだろうか。
 個人的には、セミ人間の哀愁漂う背中の曲がり具合が好き。タロスもいいです。
posted by タチバナ at 15:21| Comment(0) | 一言/覚書

2009年09月23日

ドライアイの目薬について

 どうやらドライアイが完治したもよう。元々そんなに重症だったわけではなかったのだが、話に聞くところによるとドライアイは直りにくいものらしいので、軽度の症状なのにもかかわらず結構時間がかかったのはそういうわけかもしれない。
 で、気になるのは治療のために渡される目薬についてだ。
 大抵、ドライアイには「マイティア」か「ヒアレイン」の二種類。場合によっては「ヒアレイン」だけのこともある。朝、昼、晩、寝る前の一日四回、一滴ずつ点眼するよう指導される。
 多めに点眼しても実はそれほど問題はない。

 私のドライアイ治療の経験から言って、このペースで点眼を続けていたら、目薬一本使い終わるのに、だいたい二週間かかる。
 しかしこの目薬、防腐剤が入っていないのですぐに痛んでしまうのだ。これもまた私の経験から言うことなのだけど、せいぜい一週間しかもたない。そこには約一週間のずれがあるのだ。
 保管するときは真空パックを二重にし、絶対に先端を眼につけないようにしていても、せいぜい七日か八日しかもたない。
 痛んだ目薬を使うとどうなるか、というと、眼が痛くなるし、痒くなることもあるし、涙があんまり出なくて眼を開けていられないくらい表面が乾燥する。つまり進行したドライアイの症状を訴えはじめるわけだ。

 もしかすると、ドライアイの点眼治療をしている人の中には、この目薬のずれ――痛んでしまった目薬を一週間使い続ける――のために、さらに症状を悪化させてる人がいるのではないか。
 少なくとも私はこれで何度か症状を悪化させてしまった。医者からは、「この目薬は一週間しかもちません」なんて指導はなかったし、悪化した症状を見せてもそれが目薬のせいだとは言われなかったので、もしかしたら私の勘違いということがあるかもしれないのだが、それでも、もしこのことに気付いていなかったら延々と症状が長引いていたかもしれない、というような気がしている。
 とまあそういうわけで、私はまだ半分くらい残っている目薬を捨てて、一週間たつと新しいものを開封していた。

 しかし、また私の経験になってしまうのだけど、ドライアイというのは本当に世間で言われているような「涙が出ない」ことが原因で起こるのだろうか? と思う。涙液プラグとか、専用のゴーグルを使わなければならないほど重症ならば、涙の量そのものに問題があるのかもしれない。だが私の感覚から言うと(あくまで私の感覚です)眼球の表面が荒れてしまって、表面に涙を維持できないことが主たる原因なのではないか、と思える。
 何かのはずみで眼が乾燥する⇒表面に傷がつく、ないしは荒れてしまう⇒表面が水分を保てなくなる⇒乾燥が続く
 こういう図式のように思えるのだ。専門的なことは知らないけど、まあ一経験者の意見として参考にしてください。誰の参考になるのかは分かりませんが。

 ま、治ったからいいんですけど、でもドライアイはなかなかに油断できないものだ。生活習慣が原因で起こるものなので、日ごろの癖(たとえばパソコンを長時間やるとか。私の場合、パソコンに限らず何かに集中すると、ついまばたきの回数が減ってしまう)が治らないことには完治は難しい。
 今後は目薬に頼ることなく、生活習慣を中心に眼をいたわっていこうと思います。
posted by タチバナ at 13:53| 日記

2009年08月17日

陸上は「ダラダラ」がいい

 どうやら世界陸上が始まっているらしい。このところテレビを見る機会が少ないので、全然気付かなかった。
 元陸上部だったのでよく分かるのだが、陸上は実際に競技場に行って見るのとテレビで見るのとではかなり勝手が違う。編集も解説も入らない生の競技場は、いたるところで競技が行われていて、しっかり見ていないと何がどうなっているのかよく分からなくなってしまう。
 さすがにトラックは一時に一つの競技しか行わない。百メートルと五千メートルを同時にやったら、さすがに混乱するだろう。
 しかし砲丸投げと走り高飛びを同時に行う、なんてことはよくあるし、隅っこのほうで走り幅跳び、三段跳びといったフィールド種目が細々と進行している様は、よく目にする光景だ。

 実際の競技とテレビとではリズムが違うので、どうもうまく馴染めない。別にどちらが良い悪いという問題ではなくて、単純にリズムが違うからうまく乗れないのだ。
 テレビはうまく編集されていてどの種目も小気味良く、本来は遅々として進まない種目であっても、懇切丁寧な解説と共に楽しんで鑑賞できる。だがその反面、ついダラダラ何時間も見続けてしまうという欠点もある。
 しかしまあ実際に足を運んだとしても、ゆったりと流れる競技場独特の雰囲気に後押しされながら、観客席の椅子に座ってコカ・コーラでも飲んでノンベンダラリ鑑賞するのがオチなので、どちらも大差ないのかもしれない。
 練習も本番も、どこかダラダラしているのが陸上の醍醐味でもあるんです。いや、本当に。
 
posted by タチバナ at 01:17| 心理

2009年07月19日

病院って

 病院って、なんで日曜に休診するのだろう、と、今日なにげなく思った。だいたい土曜は午前中までで、日曜は休み。木曜あたりにも休むところが多いみたい。
 総合病院など、ちょっと大きいところは大抵、土日はしっかり休む。

 たとえば、土曜の午後に、「薬がなくなったから、処方してもらわなきゃいけなかったのに!」という事態になったら、月曜まで待たなければならない。
 今週のように、月曜が祝日だったりすると火曜まで。平日は時間が取れないことだってあるだろうから、そうなると翌週末まで待たなきゃ、なんてこともあるかも。

 別に「休むな!」なんて言っているわけではなくて、大変な仕事なのだから休養をとってもらいたいのは山々(やまやま、はこれであっているのか?)なのだが、それにしてもなぜあえて日曜に、示し合わせたように休む?
 たとえば火曜・水曜だって構わないと思うのだが。週末に診療してもらわないと、一般の人は行きづらいのだけど、何か理由があるんでしょうかね。
 これは調べる価値があるかも。なんて言いつつ、自分では調べなかったりする。

 今日、夕方あたりから大阪はかなり激しい雨。今も雨とカミナリがひどい。どうやら明日、あさってあたりまで悪天候は続く模様。
 私はカミナリが嫌い。あれは何のためにあるのだろうか。上空で放電して、一体誰が喜ぶというのか。

 カミナリを利用して発電する研究が、ひそかに行われているらしい。しかし問題は山積していて、
⇒どこで発生するか分からない
⇒そもそも電力としてたかが知れている
などなど、これじゃあどう考えても実用化なんて無理じゃないかな。
 カミナリはたぶん、誰かの役にたつために生まれたわけではないのだろう。

 
posted by タチバナ at 22:19| 雑記

2009年06月28日

マリオ

 ゴブサタ。
 面白かったので貼り付けてみる、の巻。



 これくらいうまく叩けたらどんな気持ちがするのだろうか、やっぱり楽しいんでしょうね。
posted by タチバナ at 13:31| 日記

2009年05月02日

栄養成分表、そして教授

 今となってはほとんど全ての食料品に栄養成分表が記載してある。しかし最近これがよく分からない。

 栄養成分表とはこういうやつ↓

100g当たりの栄養成分
エネルギー…62kcal
たんぱく質…1.2g
資質…………0.3g

――みたいなの

 表記にはおよそ2パターンある。「100g当たり」または「1パック当たり」の栄養成分。どちらかに統一してくれれば、確認する手間が少しだけ省けるのだが。
「100g当たり320kcalで、これは内容量が62gだから……」と計算するのはめんどくさいので、私は1パック当たり表記が好きです。
 
 一番どうにかしてほしいのは、「100g当たり」の栄養成分を書いているのに、内容量を書いていない商品だ。せっかくどこかの研究所で分析し、小数第一位まではじき出したのに、これじゃあ台無しじゃないですか。
 なにか理由があるのか、不親切なのか、気付いていないのか――とにかくどうにかしてほしいです。


 そういう次第で話は変わって、坂本龍一の新しいアルバムがとてもいい、という話。私(あるいは私達)がいつも聞いている音楽。そんな当たり前の「音楽」が生まれる前の「音」とでも言おうか。音楽が生まれるその瞬間を聞いている、そんな不思議な感覚を覚えた。
 音楽は私達が思っているよりもずっと神秘的なものなのかもしれない、そして私達の生活はそういう不思議な場所から創られているのかもしれないと、そんなことを思わせてくれる。
 自分でもなにを言っているかよく分からない。とにかくそういう類のアルバム。

 アマゾンで視聴できます。なおかつ安い。

posted by タチバナ at 01:44| 雑記

2009年04月28日

これは?

 YouTubeのオススメになっていた動画。これは公然わいせつにならないのだろうか? ならないんでしょうね。
 7年前からやっているそうで、もうすでに年間行事に組み込まれている感じ。なんか、みんな笑ってて楽しそうだ。「さすが、あっちは心が広い」ってところか?


No Pants Subway Ride 2009
http://www.youtube.com/watch?v=9La40WwO-lU


posted by タチバナ at 13:11| 日記

2009年04月24日

1.社会は親 2.個人は子供 3.不明な殺人、そして4

 地デジのイメージキャラクターを降板させられたり、ピタゴラスイッチも降板したり、出演番組が放送自粛を発表したりと、一夜明けていよいよ本格的に事件の影響があらわれてきた。もちろん草g 剛のこと。 
 鳩山さんは「最低の人間だ」なんて発言したらしい。その後「最低、最悪の行為だ」に言い換えた。しかしこれでも事を大きく考えすぎなことに違いはない。
「最低、最悪の行為」なんて他にいくらでもあるではないか。酔って裸になるくらいで最低、最悪呼ばわりされるのなら、私なんて年中最低である(具体的に何をやっているかは言わないが)。 
 ハメをはずしただけで仕事をすべて奪われるなんて、ちょっと想像力を働かせればすぐにその恐ろしさは理解できるだろう。残酷な仕打ちとしか言いようがない。
 テレビだけかと思いきや、新聞でも大きく扱われていた。「いやいや、たいした事じゃないですよ」というアナウンスは聞こえてこない。

 こういう報道を見ていつも感じるのは、世間の人々は(たとえば私の住む大阪でもそうだが)あたかも自分は身に覚えがなく、犯人のような暗い心の闇や、犯罪につながる要因をまったく抱えていないように振舞う無関心さ、無責任さだ。
 犯罪者を擁護しているのではない。犯罪の擁護などできるはずがない。
 しかし私は考える――
 たとえ命を奪わなかったとしても、人の精神を大きく捻じ曲げたり、取り返しのつかないほど傷つけるのは、まるで親が子にあたえる影響のように、本当に本当によくあることなのだ。 
 私はまだたいして長く生きていないし、経験もない。だがそれでも、優しさの大切さを説きながら他者を傷つけている人を沢山見てきたし、無関心を装いながら多大な影響を与えている人を沢山見てきたし、心の広さを強調しながら偏狭な態度をとる人を沢山見てきた。
 そして恐らく私も、ある方面においてはそうなのだろう。そして誰もがそういった面を持っているのだ。人は誰しも自分が気付けないほど多面的な存在なのだから――

 誰もが加害者になる可能性があり、もしかするとある面ではすでに加害者かもしれないことに、メディアをはじめ多くの人間が目を背けている。誰かを血祭りにあげ鬱憤を押し付けることで、薄暗い影を隅のほうへ追いやっているようにも見える。これはもう社会的な暗黙の合意による、命を奪わない殺人である。
 今回の生贄は草g 剛だ。沢尻エリカや朝青龍だったこともある。実際には命を奪われた人だっているし、被害者の数は限りない。次は誰の番だろうか。
posted by タチバナ at 21:48| 日記